sudoken Blog

Kaizen PlatformのCEOのブログです

未来なんてわからない

あけましておめでとうございます。

 

また、Blogをはじめてみました。

最初のエントリーは2011年を振り返り、2012年に向けて考えを整理するためのエントリーにしたいと思います。

 

2011年は、公私ともに色々なことがありました。

 

3月には、震災が起き

4月に、結婚式を挙げました。

 

私は、福島県いわき市の生まれでして、縁ある土地が深い悲しみでくれたことは大きな出来事でした。

もちろん、私だけでなくご両親・ご親戚・ご友人が被災された方も沢山いらっしゃると思います。

その中でもお祝いに駆けつけてくれた上司・同僚・友人・親戚の皆さんには心から感謝しています。

 

家族ができたことで、家に帰りたくなったのは大きな変化でした。

家庭があるからこそ、今までよりも真剣に人生や仕事のことを考えるようになりましたし、何よりも、家族がいるということの絶対的に揺るがない安心感というか、一人じゃない感は凄いものがあります。

2人で、無事に暮らして来れたことが当然ではない、有難いことだと感じることができた1年でした。

 

 

また、今年は色々なところを訪れました。

・箱根

・南イタリア(ナポリ、カプリ、ポジターノ、アマルフィ

能登

 

特に、イタリアは色々なインスピレーションを受けました。

これについては、また別の機会に書きたいと思います。

 

 

仕事面でいうと、組織長になったことは大きな変化でした。

 

とにかく、

「この事業で何を実現するのか?それは本当にしたいことなのか?」

について考え続ける日々でした。

 

事業の目的の設定について繰り返し考え続ける。

Whyを自分に問い続けるという時間は、ひたすら修行というか禅問答のようでした。

この事業のWhy(目的)へ少しでも近づけるように意思決定を日々、毎会議、すべてのイシューで繰り返す1年でした。

そのことを通じて、少しだけ見えてきたことは、大きく分けると2つのことでした。

 

1:意思決定は、常にトレードオフの関係性であること

2:意思決定を実施し、成功するか失敗するかは重要ではなく、前進しているか?こそが重要であること

 

これは、結構苦戦した問題でした。

1については、もう少し分かりやすく言えば、「完璧な意思決定など存在しない」ということです。

常に、何かを意思決定するときには何かの選択肢を捨てることに他なりません。

また、その決定に伴うデメリットや被害を被るステークホルダー(利害関係者)が存在します。

意思決定の裏側にあることに目を向けると意思決定することへの恐怖がわいてくるわけなのですが、目を背けるわけにはいかないし、2番目の命題にもつながるのですが、意思決定をしないわけにもいきません。

つまり、意思決定の裏側にある負の感情や自分の恐怖と向き合い続けることが重要だと気づかされました。

 

2番目のことを分かりやすく言い換えると、「成功や失敗がわかる前進こそが善である」ということです。

事業を経営していくと、当然ながら様々な意思決定のシーンに直面します。

それは、当然ながら情報も不完全な状態で行わなければならないケースがほとんどです。

というか、情報が出そろっていれば、当たり前ですけど現場の担当者やマネージャーの意思決定が相当の可能性で正しく実施されます。

私のところであれば、優秀なメンバーに恵まれているのでそういったことは自然になされているケースが他と比べれば多いと思います。

 

となると私のところにあがる問題は、割り切れない問題や悩ましい課題が確率論から見れば多いわけです。

当然のことですが、優秀なメンバーで出せなかった正解を私が出せるわけでもないですし、そもそも1番目でも書きましたが、絶対的な正解がないケースがほとんどですから、常に成功する意思決定をできるわけではありません。

 

ただ、成功するにせよ、失敗するにせよ意思決定をして事業前進させることが善なのだと気づきました。

これは、大きな気付きになりました。

 

要約すると「そもそも正解なんてないことに対して、何らかの結論を出し、その正否に対して向き合い続けることこそが善だ」ということになります。

当然、組織長なので事業を成功させないとクビなわけですが、それは結果論になりがちです。

つまり、結果が出てみないとわからないので、それはヤバいわけです。

過程で、善というか正しいプロセス構造を持っていないとチェックできないわけです。

それは、意思決定の際の正しいプロセスを自分に持たないと困るということです。

私だけ困るのではなく、組織全員で困るのでメンバーはたまったものじゃありません。

 

常にプロセスとしては、上記の「そもそも正解なんてないことに対して、何らかの結論を出し、その正否に対して向き合い続ける」という意思決定を繰り返して事業をとにかく前進させることが善だと気づきました。

これは、教科書でもなんでもなく実践の中から得た気付きでしたので大きかったです。

 

間違っていても前進さえしていれば、方向転換は可能です。

間違うことを恐れて、前進しなければ事業前進しません。

事業前進しないということは、そこに携わる人が成長しないということになります。

 

常に意思決定のシーンでは、意思決定しないリスクやデメリットの方が圧倒的に多いわけです。

 

 

昨年は、誰もが不確実性を痛感する一年だったと思います。

東北を襲った震災

民主化に揺れるアラブ

ユーロ危機

これらのことからも、世界は不確実性にあふれているわけです。

 

1/fゆらぎという言葉があります。

詳しいことは、下記を参照して頂きたいわけなのですが、要するに自然のなかには揺らぎという不確実性が存在しているということです。

http://www.systemicsarchive.com/ja/a/fluctuation.html

私たち人間が美しいと感じる音や自然や風などはすべてこの1/fのゆらぎを内包していると言われています。

 

ということは、自然の一員である私たちの社会も1/fゆらぎにさらされているということだと思います。

まれに発生する巨大な台風

1000年に1度起きる確率の巨大地震

これらと同時に、身近に発生する様々なトラブルや課題。

別に組織長だけでなく、皆さんの周りでも意思決定のシーンに直面しまくってるはずです。

 

それは、下記を参照していただくと後半に記述されているのですが、1/fゆらぎは「フラクタル」という構造を持っているからです。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~ohtake/sky3.html

 

間尺を大きくしても、小さくしても似たような構図を持っているということです。

つまり、世界レベルで見ても、個人レベルで見ても同じような構図を持っているということです。

私が仕事を通じて得た気付きが、きっと皆さんにも役立つのでは?と思いましてエントリーしました。

 

じゃあ、具体的にどうすればいいのよ?ということに対する答えを私は持ち合わせていません。

どちらかといえば正しいという曖昧さの中で、意思決定をし、正しくても間違っていても、その答えが出ることこそが善だと信じて前進するしかないんだと私は思います。

 

私に出来ることは、勇気づけることくらいかもしれません。

新年に見たエントリーで私自身が勇気づけられたものを紹介します。

 

地図のない冒険へ

http://wired.jp/2012/01/01/%E5%9C%B0%E5%9B%B3%E3%81%AE%E3%81%AA%E3%81%84%E5%86%92%E9%99%BA%E3%81%B8/

 

このエントリーで紹介されているクリス・アンダーソンの言葉が痛快なまでに今を語っていると思います。

 

  2011年の秋に『WIRED』US版の編集長クリス・アンダーソン
  インタヴューした際の言葉が強く印象に残っています。
  彼は、iPad向けのデジタルマガジンのつくりかたについて、
  「何が正しいやり方なのか、何ひとつわからない」と語っていました。
  「5年後にアプリってものがあるかどうかすら定かではないし」とも。

  「それじゃ困るでしょう」と問い返すと、
  彼は肩を竦めて、嬉しそうにこう答えたのでした。

  「Welcome to the Future. 未来へようこそ」 

 

これこそが、2012年の今を最も体現する言葉じゃないでしょうか。

未来なんてわからない。

私たちにできることは、前へ一歩踏み出して、歩みを止めないことだけだ。

力強く言い切れることは、これくらいかもしれません。

 

2012年も、皆様と共に前進したいと思います。

本年もどうぞよろしくお願いします。